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記憶巡りの旅へご招待! ―『素敵な遺産相続 / Wild Oats 』を見て―

 近頃、ニュースを見る度に「記憶にない」とのフレーズを聞かない日はない程、何かと「記憶」というものが話題になっているようだ。当然のことながら、人の頭の中というのは、記憶媒体とは違って、容易にその中身を覗き見ることが出来ない。だから、一体脳はどんな仕組みで記憶をしているのか、私にはよく分からない。が、私は常々、脳の「忘れる」という機能に助けられている、と思うことが多々ある。誰しも生きていれば、忘れたいことの一つや二つはあると思うのだが、御多分に洩れず私も、きれいサッパリと忘れ去ってしまいたいなんて思うことは、一つや二つに留まらないからだ。これまで自分が仕出かした小さな失敗から大きな失敗に至るまで、私の脳が全てを忘れることができない脳だったとしたなら、あまりの恥ずかしさで、とてもとても平気な顔で日常を送ってはいられないだろう。私は、日々、忘れることができるから、なんとか今日も生きていられるのである。

 しかし、私の脳は、所詮、私のレベルに応じた働きしかしてくれないのか、記憶仕分け作業が時に笊なのではないか、と疑いたくなることがある。忘れていい筈の出来事がなぜかしつこく記憶に残っていたり、また反対に、いつまでも記憶していたいと思うような楽しかった出来事についてはすっかり忘れてしまっていたりもするからだ。全く、私の脳という奴は、私の脳であるにも拘らず、しばしば私の気持ちとは裏腹な仕分けをしているらしい。何とも困った奴なのだ。

 でも、もしかしたら、私の脳は、笊というよりは寧ろ、単に片付け下手なだけ、という可能性も捨て切れない。なぜなら、ちょっとした切っ掛けを与えてやるだけで、どこかから記憶をせっせと引っ張り出してきて、私に教えてくれることもあるからだ。例えば、脳の記憶仕分け作業場に、「忘れてよい」、「記憶しておく」、「一時保留」という3つの仕分けボックスがあるとしたら、私の脳の場合、「一時保留」の箱だけが一杯になっているのかもしれない。「忘れてよい」とも「記憶しておく」とも判断の付かなかった沢山の記憶が整理されないまま、ゴチャゴチャの状態で、とりあえずは「一時保留」ボックスに収納されてしまっている。その為、一見すると、楽しかった筈の記憶も忘れ去ってしまったかのように思えるのだが、実はそうではなく、押し入れの奥にどんどん物を押し込むかの如く、脳の奥深くの場所へ記憶の断片を次々と押し込んでいるだけなのである。だから、何かひょんな切っ掛けさえあれば、私の脳は(本当は片付けられなかっただけなのだが)、「ちゃんと保管しておきましたよ。」とばかりに得意気な顔をして、古い記憶を引っ張り出してくる、という訳なのだ。私の脳内にあるかもしれない記憶の「一時保留」ボックスは、いつ何時、どんな切っ掛けで鍵が開くのか、全く予測できない、気紛れな一時保管庫なのである。

 その気紛れな「一時保留」ボックスの鍵が、久方ぶりにカチャッと開けられたような気がしたのは、つい先日のことだった。シャーリー・マクレーン主演の『素敵な遺産相続*1を見たことを切っ掛けにして、記憶が芋づる式に繋がって、最近の私はキム・カーンズの歌声を楽しむことに嵌っている毎日なのだ。

 シャーリー・マクレーンと言えば、その姿形、ルックスがとても私好みの女優の一人だ。子供時代の大半をロングヘアーで過ごした私にとって、子供の頃から、ショートヘアーの似合う大人の女性に憧れ続けていたからだ。

 そんな訳で、憧れの髪の持ち主(!?)、シャーリー・マクレーンが未だに女優として現役で、しかも主役の最新映画『素敵な遺産相続』が公開されると知ったからには、見に行かない手はない。個人的にはイン・ハー・シューズ*2などもとても好きだが、考えてみたらシャーリー・マクレーンの出演作をスクリーンで見るのは初めてかもしれない。シャーリー・マクレーンは、もうすっかりおばあちゃんだが、今でもキレイに整えられたショートヘアーをして、元気な姿を見せてくれたことが、私にはなんだかとても嬉しく感じられた。なんだか嬉しくて、私は『素敵な遺産相続』を見るにあたって、いつも以上にシャーリー・マクレーンに特に注目して鑑賞することにした。すると(注視の甲斐もあって?)、彼女の表情の可愛らしいクセが、若い頃と本当に全く変わらないことに、私は徐々に気が付き始めたのだった。

 最初のうち、私は、スクリーンの中のシャーリー・マクレーンを両目で見つめながらも、頭の中では若い頃のシャーリー・マクレーンを思い浮かべて、目と頭で今と昔とを見比べていた。すると、ある瞬間から、昔の若いシャーリー・マクレーンのイメージが、突如、私の頭の中を飛び出して、なんと私の視界の中へとスルリと現れたような気がしたのだ。それはまるで、今と昔2つの姿がオーバーラップした状態でシャーリー・マクレーンを見ているかのような感覚だった。時にはフラン*3だったり、或いはチャリティ*4だったり、将又、カジノで酔っぱらう若い女性*5となって眼前に現れ、今のシャーリー・マクレーンに重なるようにして、全く同じ仕草で、肩を竦めて、いたずらっぽく微笑んで見せたのだった。束の間、私はスクリーンを見ながら、私の脳内に眠る記憶の中を自由に行き来する、記憶の時間旅行をしていたのかもしれない。

 そうして記憶の中を行ったり来たりすることを繰り返しながら、最後に到着した先は、『ザッツ・ダンシング*6を初めて見た日の記憶だった。それは同時に、私が初めてシャーリー・マクレーンを知った日でもあった。ジーン・ケリー製作総指揮の『ザッツ・ダンシング』は、ダンスアンソロジーとでも言うべき作品で、テーマはダンスだけに区切られてはいたものの、そのジャンルは多岐に渡り、目まぐるしい程の情報量が詰まった映画だった。映画は、それぞれの映画作品の中からダンスのさわり部分を次々と紹介していく形式で進む。その為、息を吐く暇もなくどんどんと映像が移って行ってしまうようで、少し不満に感じたことを思い出す。しかし、そんな不満を打ち消すくらいの大きな出会いがあったことも事実だった。私は、スクリーンの中で、オレンジ色のショートヘアーをした女性が踊るシーンに、強く心惹かれたのだった。鮮やかなオレンジ色のショートヘアー、ミニのワンピース、そして、長くてスラリとした脚は、私に強烈な印象を残すに十分だったのだ。その女性ダンサーこそが正にシャーリー・マクレーンで、シーンはボブ・フォッシー初監督作品として有名な『スイート・チャリティ*7の一場面であった。

 こうした訳で、『素敵な遺産相続』を見たことにより、古い記憶の掘り起こし作業を存分に楽しんだ私は、『ザッツ・ダンシング』の挿入歌、キム・カーンズの歌うインヴィテイション・トゥ・ダンス*8をリピート再生する今日この頃なのである。

 

 さて冒頭から散々、記憶ということについて語ってきたが、実は、この『素敵な遺産相続』という映画自体も、記憶とは多少なりとも無縁ではない映画なのだ。それは、シャーリー・マクレーン演じる主人公のエヴァが、記憶力の悪い男性(つまりは、呆けの始まった男性)に大いに振り回されるという展開をする映画だからである。

 元・教師のエヴァは夫に先立たれ、将来の先行きを案じていた。そんな或る日のこと、生命保険会社の手違いで、エヴァの口座に500万ドルもの生命保険金が振り込まれるという一大事が起きる。エヴァは、直ぐに間違いだと気が付くものの、その大金を使って、親友マディ*9と共にカナリア諸島へ豪遊旅行に出かけることを決めてしまう。そうして旅に出たエヴァとマディは、有閑マダムよろしく、贅沢の限りを尽くした休暇を送るのだ。しかし、それを生命保険会社が易々と見逃す筈がない。会社としては、エヴァが500万ドルを使い切る前にどうにか身柄を押さえようと必死だ。そこで、会社始まって以来の不祥事の解決担当に選ばれたのが、ベテラン保険調査員のヴェスプッチ*10だった。ヴェスプッチは、上司*11に呼び付けられ、「クビになるか、カネを取り戻すか」の選択を迫られることになる。社員の中でも高齢の部類に入るヴェスプッチは、クビの切り易さから、この任務に適任だと見なされてしまったのだ。自らのクビをかけるという何とも理不尽な任務を押し付けられたヴェスプッチは、早速エヴァの娘クリスタル*12を伴って、カナリア諸島へと急ぎ飛び立つのだった。一方、自分達がお尋ね者になっているとは知らないエヴァとマディは、恋愛面でも充実した日々を謳歌し始めていた。実はマディは、病魔に侵され、夫の不倫にも悩まされていたが、カナリア諸島へ来て以来、かなり年の離れた青年チップ*13と恋人関係になり、病気であることさえ嘘のように、若々しさを取り戻し始めていた。そしてエヴァもまた、老紳士のチャンドラー*14に口説かれ、久しぶりの恋愛を楽しんでいた。しかし、このチャンドラーなる年老いた色男こそが、ほんの数分前の出来事さえ覚えていられないという厄介なボケ爺で、しかもなんとその正体は有閑マダムを専門に狙う詐欺師でもあったのだ。エヴァはチャンドラーをすっかり信じて、一時は大金を失ってしまうことになる。だが、騙されたまま引き下がってはいないエヴァは、大金を取り戻す為、長年教職に携わってきた経験を活かしつつ、マディと共に問題解決に乗り出すのだった。

 こうして生命保険金500万ドルを巡って、エヴァ、マディ、チャンドラー、ヴェスプッチというシニア達が巻き起こす一大ドタバタコメディ、それが『素敵な遺産相続』なのである。

 但し、ドタバタコメディとは言え、活躍する面々がシニアであるだけに、ストーリー展開に、スピード感はあまりない。しかし、そのテンポが少しばかり「ゆったりめ」であることが、意外と悪くないのだ。そう、それはまるで、ぜんまい仕掛けのような、止まって巻いてを繰り返す、優しいテンポで進む映画なのだ。

 またシャーリー・マクレーンを始めとする、シニアの登場人物達が可愛げのあるキャラクター揃いだったのも、優しく温かい雰囲気のドタバタ劇になった一因だろう。

 それに加えて、主要な出演者の中では、まだまだ若い部類に入るデミ・ムーアも、脇役ながらも素晴らしいコメディエンヌぶりを見せてくれた。私は、デミ・ムーアがこれ程までにコメディ向きの人だったということを、今回まで全く知らず、その上手さに驚いたくらいだ。デミ・ムーア演じるクリスタルは、両親思いのしっかり者かと思えば、実は寂しがり屋の泣き虫で、特に、クリスタルがヴェスプッチの肩を借りて、人目を憚らず(不細工に!)泣きじゃくるシーンなどは本当に可笑しくて最高のシーンの一つだったと思う。

 そして物語の終え方も、私はとても好きだった。それは、シニアの面々が、未来に向かってこの先も、新しい記憶・思い出を刻んで行こう、と決意を新たにするかのような、幸せな結末だったからだ。年老いて行くことは決して怖いことじゃない、と思えるようなエンディングで、私は笑顔で映画を見終えることが出来た。

 

 私の気持ちとしては、『素敵な遺産相続』は、間違いなく「記憶しておく」に分類したい映画だった。しかし、私の脳って奴は、時に判断を誤ってしまう為、この映画を見た記憶さえも、もしかしたら間違って「一時保留」ボックスの中に仕舞い込んでしまうかもしれない。もし万一そうなった時には、また楽しみながら記憶を掘り返してみたい、そう思っている。

 


6月3日(土)公開『素敵な遺産相続』予告編データ

*1:原題は、Wild Oats

*2:2005年、原題はIn Her Shoes

*3:1960年、アパートの鍵貸します、原題はThe Apartment

*4:1969年、『スイート・チャリティ』、原題はSweet Charity

*5:1960年、『オーシャンと11人の仲間』、原題はOcean's Eleven

*6:1985年、原題はThat's Dancing!

*7:1969年、原題はSweet Charity

*8:Invitation To Dance Invitation To Dance (Performed by Kim Carnes)

*9:演じるのは、ジェシカ・ラング

*10:演じるのは、ハワード・ヘスマン

*11:演じるのは、アダム・ルフェーヴル

*12:演じるのは、デミ・ムーア

*13:演じるのは、ジェイ・ヘイデン

*14:演じるのは、ビリー・コノリー