- comme l'ambre -

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ナゲットを運ぶ二羽の鳥 ―『ゴールド 金塊の行方 / Gold 』を見て―

 つくづく俳優っていうものは、役作りの為なら、自分の身体をどこまで虐め抜いても、或る種、平気な人達のようだ。松田優作が『野獣死すべし*1』で奥歯を抜いてから撮影に臨んだらしい、とか。ロバート・デ・ニーロが『アンタッチャブル*2』でアル・カポネを演じる為に頭髪を抜いたらしい、とか。クリスチャン・ベールが『マシニスト*3』でドクターストップがかかる程の壮絶なダイエットに挑んだらしい、とか…。こうした俳優達の過激な役作りに纏わる逸話は、古今東西、絶えることがない。私のような、ごくごく普通に映画を楽しみたいと思っている人間からしたら、わざわざ健康を害してまで役作りをする必要があるんだろうか、といつも疑問に思わずにはいられないのだが、きっと俳優業を生業とする人達にしてみれば、役が付くことこそが何よりも大事なことなのだろう。だから、一旦引き受けた役を完成させる為なら命を削ることさえ厭わない。それが俳優のサガって奴なのかもしれない。

 と、私が突然、こんなことを考え出してしまったのは、先日、『ゴールド 金塊の行方*4という映画を鑑賞した所為に他ならない。主演を務めるのは、マシュー・マコノヒーだ。マシュー・マコノヒーと言えば、ウェーブした髪の毛をオールバックに決めたヘアスタイルに、白い歯が眩しく輝く笑顔、そして日焼けした肌に、引き締まった肉体美を誇る、所謂「イケメン俳優」なんてジャンルに括られる代表格の人物、というイメージを私はこれまで抱いてきた。だが、『ゴールド 金塊の行方』でのマシュー・マコノヒーは、そうしたイメージとは程遠い姿形でスクリーンに登場したものだから、私はすっかり仰天してしまったのだった。なんとも寂しい状態の頭頂部に、ガタついた前歯、ポッコリと前へ突き出たお腹、丸々と太った腰回り。これが本当に、あのマシュー・マコノヒーなのだろうか…?!映画が始まってから暫くの間、私は、正直なところ、話の内容よりも、マシュー・マコノヒーの変貌した外見の方が気になって気になって仕方がなかった。元々見栄えのいい人間が、わざわざ見た目を崩してまで、或る特定の役に拘って演じなければいけないのはなぜなんだろう、と私にはどうも不思議に思えてならない。しかし、俳優にしてみれば、どんなに過酷な役作りが必要と分かっていても、どうしても演じたい役柄というものがあるのだろう。『ゴールド 金塊の行方』でマシュー・マコノヒーが演じたのはケニー・ウェルスという人物だったが、彼は自分自身の身体を無理矢理に太らせてまでも、どうしても自分が演じるのだと、並々ならぬ決意でこのケニー役に挑んだのかもしれない。なるほど確かに、映画は間違いなくとても面白いものだったし、マシュー・マコノヒーがこの作品、この役柄に拘ったのも当然と言えば当然のことなのだろう。

 それでは、映画の中身についても具体的に見て行くことにしよう。

 

 物語の主人公ケニー・ウェルスは、1981年、アメリカ、ネバダ州リノで、金鉱石採掘事業を専門とするワショー社を率いていた。しかし、このワショー社は、もはやオフィスさえ構えられない程に、経営状態が悪化の一途を辿っていた。そこでケニーは、なんとか事態を打開しようと、新規の試錐計画を進めようと画策するが、経営難のワショー社にカネを出そうと考える物好きな人間などいる筈もなく、ケニーは頭を抱える日々を送っていた。そんな或る日のこと、泥酔して眠りに落ちたケニーは、インドネシアの奥深い森で金鉱をあてる夢を見る。これはお告げか託宣か。「きっと正夢に違いない」と直感したケニーは、眠りから覚めた其の足で早速インドネシアへと飛び立つと、先ず真っ先に地質学者マイケル・アコスタ*5に面会を申し込む。マイケルは、かつては鉱業界で一世を風靡した環太平洋説の提唱者で、自説の通り、見事に銅鉱をあてたことで知られる大人物であったが、今やその説も廃れ、すっかり落ちぶれ果てていた。しかし、そんなマイケルをケニーは未だ信じていたのだ。ケニーは「あんたの見込みじゃ金鉱が眠ってるんだろう?カネは用意するから、俺と組んで、金鉱を一発あてようじゃないか」と持ちかける。マイケルは、ケニーの身なりを一瞥し「本当にカネが用意できるのか」と訝しむが、ケニーの熱意に押されたのか、金鉱が眠っている見込みの奥深い森へとケニーを案内するのだった。すると着いた先には、なんと正にケニーが夢に見た場所が眼前に広がっていた。「間違いなくここに金がある」と確信したケニーは、採掘に必要な費用は必ず全て用意することをマイケルに約束すると、徐に一枚の紙ナプキンを取り出し、「これが契約書だ」とマイケルに手渡す。そうして、紙ナプキンの契約書に互いにサインを交わし、正式にパートナー契約を結んだのだった。ケニーは帰国するや否や、社員達と共に、日夜、出資者を募る営業の電話をあちこちにかけ続ける。ある程度の資金が確保できる見込みが立つと再びケニーはインドネシアへ飛び、現地でマイケルと共に採掘作業に従事する。しかしながら事はそう簡単ではない。必死の作業も虚しく、金はなかなか発見されないのだった。やはり夢は夢でしかなかったのか。とうとう、必死で掻き集めた資金も尽きかけてきた時、現地作業員達が次々と現場を放棄するという事態が巻き起こってしまう。更に、悪いことは続くもので、今度はケニーがマラリア熱に侵され、寝込んでしまう。ケニーが生死の境を彷徨う間、マイケルは一人、現地作業員達に再び現場へ戻るよう説得して回り、どうにかこうにか採掘調査を続けていた。それから幾日が経過したのか、ケニーの瘧が漸く治り、ケニーが目覚めると、枕元には、マイケルが静かに腰を降ろしていた。ケニーはマイケルの姿を認めるや否や「結果を教えてくれ」と答えを急かすと、マイケルは「1トン当たり8分の1オンスだ」と報告する。つまり、見事マイケルは金塊をあてたのだ。ケニーは、つい先程まで病気だったのが嘘のように、飛び上がって喜びを爆発させ、マイケルと感動を分かち合うのだった。こうしてワショー社が金塊をあてたというニュースは、瞬く間に話題となり、経営の傾きかけていたワショー社は一気に息を吹き返す。そしてカネの匂いを嗅ぎつけたウォール街のビジネスマン達は、巨大な金鉱を目当てに、我先にとワショー社に群がり、金の採掘権を巡った騙し合いが始まるのだった。騙し、騙され…、遂にケニーとマイケルが、ウォール街の魑魅魍魎を出し抜いて、金の採掘権を独占することに成功すると、ケニーは鉱業界の成功者と認められ「金のツルハシ」受賞者に選ばれる。そして受賞当日、ケニーが登壇し感動的なスピーチをしていると、マイケルはなぜか一人席を立ち、行方を眩ませてしまう。すると、その翌日には、ワショー社が採掘した金塊は偽物であるとのニュースが駆け巡り、ワショー社はFBIによって強制捜査を受けることになってしまう。ケニーは、「俺もマイケルに騙されたんだ、俺は知らなかったんだ」と主張するのだが、果たしてそれは真実なのか?錬金した実行犯はマイケルただ一人なのか?それともケニーとマイケル、二人の共謀か?FBI捜査官ポール・ジェニングス*6によるケニー・ウェルス聴取が始まる、、。

 

 これが映画の大筋である。

 先程も書いたように、映画は本当に面白い。ケニーの人生模様は上がったり下がったり、これぞ正にジェットコースターストーリーと言えるだろう。

 ケニーの人生折れ線グラフを作るなら、こんな感じになるのかもしれない。

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  1. 会社を受け継ぐ。
  2. 会社が倒産危機に。
  3. マイケルと金鉱石採掘事業を開始。
  4. 資金不足、現場作業員撤退、マラリア熱発病、と悪いことが3拍子揃う。
  5. 金塊をあてる。
  6. ウォール街を席巻。
  7. 採掘権を奪われる。
  8. 採掘権を奪い返す。
  9. 「金のツルハシ」受賞。
  10. 偽金塊事件が巻き起こる。

 

 どん底から絶頂へ。そして再び、どん底へ放り投げられたかと思えば、しぶとく絶頂へ這い上がる。もうこれで終わりかと思いきや、又もや、大きなどん底へ、といった具合に、ケニーの人生は上へ下へと大忙しだ。また同時に、ケニーを取り巻く環境も、ケニーが上り調子になれば、カネの匂いを嗅ぎつけてどっと人が押し寄せ、反対にケニーが下がり調子になれば、人は一気に引いていく。寄せては引いてを繰り返す波のようだ。こうした金とカネを巡る人間達の欲望を浮き彫りにしたストーリー展開が、非常に分かり易く、面白いのだ。

 だからと言って、ストーリーは欲望ばかりを描いていくのではなく、情に訴えかけるようなシーンも、いい具合で、度々挟み込まれている。

 中でも私が心を動かされたのは、物語も終盤の、ケニーが「金のツルハシ」を受賞するシーンだ。ケニーのスピーチの感動的なことと言ったら、もう。ケニーは決してスピーチ技術が優れているという訳でもないと思うのだが、「採掘者とは?」と聴衆に問いかけ、一呼吸置いたところで「採掘者とは信じる者だ」と語り出す場面では、私も式に参加する聴衆の一人になった気分で、壇上のケニーを見つめ、その語り口にぐっと引き込まれてしまった。そうして、すっかり「信じるっていいなあ」なんて聞き入ってしまっていた私は、映画はこのまま成功譚として幕を閉じるものとばかり思っていた。ところが、なぜかマイケルが、ケニーの感動的スピーチの最中に席を立ったものだから、「これはもう一波乱あるかもしれないぞ」と予感がしたところに、驚天動地の偽金塊事件だ。まさか、まさか、、全ては嘘だった!なんて展開になるとは予想だにしなかった。欲望に塗れたストーリーの中にある貴重な感動シーンさえも、素直に感動だけで終わらせないのが、この映画のまた面白い点なのだ。

 そして、更に問題なのが結末だ。果たして、映画を見た観客はあの結末をどう捉えるのか。

 私はどうも全てが詐欺だった、とは思いたくない気がしてしまう。ケニーが受賞スピーチで語った「採掘者とは信じる者だ」との言葉を、私は信じたいからだ。ケニーだって金があると信じ切っていた、私はそう思いたい。けれど、実際のところ、ケニーは、マイケルが奥の手を使ったことを黙認していたのかもしれない。それどころか、2人が契約を交わした、その瞬間から、詐欺計画は既に始まっていたのかもしれない…。いやいや…、そんな筈はない、ケニーもマイケルに踊らされていた一人なんじゃないだろうか?だがしかし…、最初に、金をあてようと持ち掛けたのはケニーの方からだったことを考えると、やはり計画的な詐欺事件か。ううむ…、どうなんだろう?一体、どの時点から始まっていたのだろう?ただ、ラストシーンの小切手とあの紙ナプキンの契約書に書き殴られた「見返してやろう」との言葉を見るにつけ、どう転ぼうが、必ず2人の手元には、ある程度のカネを残こして山分けする算段だけはついていたのだろう。マラリア熱に魘されながらケニーが「無駄死にだけはさせないでくれ」と言ったように、2人はどんな結果になろうと、一か八かの勝負には勝つつもりでいた、そう思えてならない。全ての出来事についてケニーが了承済みだったとしたら、ケニーは大した役者だ。ケニーの大切な女性であるケイ*7のことも仲間達も、そしてFBI捜査官ポール・ジェニングスの目すら欺くことに成功した訳なのだから。いやはや、考えれば考える程、面白い。

 ところで、ケニーの登場シーンのうちで、私が一番好きだったのは、マイケルから金鉱をあてたとの報告を受ける場面だ。マイケルから「金が1トンあたり8分の1オンスでた」と説明されて、「つまりどういうことなんだ?」と更なる説明を促す時のケニーの期待に満ち満ちた顔が、とてもいいのだ。顎の両側辺りで、両手の指をまるで蟹の足のように動かして、「それで?つまり?」と尋ねるケニーの目の表情がキラキラと輝いていて、私は凄く好きなシーンだった。あの時のケニーの目の輝きを見たら、やはり初めから詐欺を起こすつもりだったとは思えないのだけどなあ。どうも私は少しケニーを信じ過ぎだろうか?これじゃ、巨大な金鉱に目が眩んで事態を見抜けなかったウォール街のプロ達をとても笑えないな。

 本当に凄い詐欺事件だ。こりゃ確かに、マシュー・マコノヒーも太るに値する映画に違いない。俳優なら、これ程演じ甲斐のある愉快な役を逃す手はないだろう。見事なまでにマシュー・マコノヒーは、外見も中身も、ケニー・ウェルスなる人物に成り切っていたと思う。劇中で、ケニーが白ブリーフ姿を晒す場面や、全裸で仁王立ちをする場面などは、わざわざ観客にマシュー・マコノヒーの肉体改造の成果を見せ付けるかのようなシーンでとても印象に残ったが、今までのマシュー・マコノヒーの完璧に引き締まった肉体を思えば、本当にまあ、よくもあれ程までに丸々となれたものだと感動さえ覚えてしまう。俳優としてのプロ根性には恐れ入ってしまうが、マシュー・マコノヒーは元通りの身体に戻れたのだろうか。私は少し心配になって、検索してみたところ『ダーク・タワー*8』の予告編でのマシュー・マコノヒーは今まで通りの「格好いいマシュー・マコノヒー」だ。なんだかホッとしてしまった。人が羨むような肉体に恵まれているのだから、痩せ過ぎたり*9太り過ぎたり、あまりやり過ぎないでいただききたいと、一観客としては願うばかりである。

 

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 ―  翼を休めない鳥は風の中で眠る,,,

 


Iggy Pop - Gold

*1:1980年公開

*2:1987年、原題はThe Untouchables

*3:2004年、原題はThe Machinist

*4:原題は、Gold

*5:演じるのは、エドガー・ラミレス

*6:演じるのは、トビー・ケベル

*7:演じるのは、ブライス・ダラス・ハワード

*8:原題は、The Dark Tower

*9:

ダラス・バイヤーズクラブ』では、HIVに感染した主人公を演じるために38ポンドもの減量を行った。しかし、急激な減量のために視力と体力の低下に悩まされている。

マシュー・マコノヒー」『フリー百貨事典 ウィキペディア日本語版』。2017年6月17日 (土) 14:58 UTC、URL : http://ja.wikipedia.org