それはまるでチュチュみたいな爆発 ―『ふきげんな過去』を見て―

 今回は、小泉今日子さん二階堂ふみさんW主演の『ふきげんな過去』について。

1.〈爆発〉 

 とてもゆったりとした時間を味わえる映画で、それでいて、映画自体は決して退屈ではなく、あっという間に時間が過ぎてしまう作品。そして、見終わった後には、不思議な面白さが残って。だけど、それと同時に、この映画は一体どんなことを言いたかったんだろう、と少し考え込んじゃったりもして。

 映画館から帰る道すがら、映画について暫く考えていると、私の頭の中には、なぜかこんなイメージが浮かんできた。ずっと付かず離れず、丁度いい距離感を保っていた二つの物体、(例えば地球と月のような、)その二つの物体の内、どちらか一方が或る日突然どういう訳だか、もう一方に向かって来て、接触して、そして爆発しちゃった…!って、そんなイメージ。

 映画の中でも、まるで花火みたいに見える「バレリーナ*1」を描いた落書きが大写しになるシーンがあるんだけど。二つの物体が接触して、バレリーナのチュチュ*2がパッと広がるように…、きれいな鮮やかな閃光を放射状に放ちながら弾けた…、そんな感じの映画なんじゃないかな、って思った。なにそれ?って思われちゃうかもしれないけど、本当にそんなことが頭に浮かんじゃった。『ふきげんな過去』って映画は、私にとってそんなイメージの映画。 

 じゃあ、どうしてそんなイメージが湧いたのか、上手く説明できるかわからないけど、早速、書いてみることにしよう。 

2.〈想像の範囲内〉 

 物語は…、或る夏の日、運河の水面を見つめている果子*3の姿から始まる。 

 果子が日毎日毎、運河の畔にやって来ては見つめ続けているもの。それは、そこにはいない筈の、目には見えないワニの姿。果子は、ワニが今日も間違いなく運河にいないことを、その目で確認していた。

 「未来が見えるの、私」と冷めたトーンで話す果子。その「見える」とは、決してSF的な意味の「見える」じゃなくて、これから先も、ずっと変わらず、何もない平坦な普通の毎日を繰り返し繰り返し過ごして行くだけのつまらない「未来が見え」てしまっている、という意味だった。果子が運河をいくら見つめても、水面からワニが顔を覗かせたりなんかしない。いつまで経っても、水面は静かなまま。その静かな水面のように、果子の日常も、毎日が想像通りの出来事ばかりで何も起こらない。想像できる未来なら経験する意味なんかあるの?と自問しながら、果子は毎日を過ごしていた。

 しかし、そんな果子の退屈な日常は、或ることを切っ掛けに、次第に非日常の色を帯び始める。

 それは、或る夜のこと。果子が、部屋の窓から外をふと見やると、「人さらい*4と呼ばれる若い男がひらりと飛ぶのを目撃してしまう。しかも「人さらい」は、死んだ筈の果子の叔母・未来子*5をどこかから攫ってやって来たのだった。「生き返った」未来子との奇妙な再会に沸く家族。それでも果子は、家族とは対照的に、死んだ筈の人が生きていたと聞いても、至って冷めたままだった。未来子は平然と、以前「生きていた」頃と同じように「未来子の部屋」で寝起きし始める。だが、実はその部屋は、現在は「果子の部屋」になっていて…、突然の未来子の登場により、元「未来子の部屋」=現「果子の部屋」で、未来子と果子の不思議な共同生活が始まることになってしまうのだった…。

3.〈爆弾〉 

 この映画全体を見て、私が思ったことは、正反対の二者が接触した時にどんな反応が起きるのか、ってことを感じる映画なんじゃないのかな、ってこと。

 それは、例えば、

  • 死んだ筈の未来子と、実は生きていた未来子
  • これまでの過去の果子と、これからの未来の果子
  • 未来子と果子
  • 生と死
  • 過去と未来
  • 日常と非日常

等々…。こうした相反する二者が出会った時、果たしてどんなことが起きるのか。優しく交わるのか、パチッと静電気が起きるのか、将又、大爆発なのか…。

 そういう映画だと私は思ったから、さっきのイメージがふと頭に浮かんだんだと思う。地球と月のように、いい距離を保っている間は、それぞれの世界で安定していられるんだけど、近付き過ぎて接触すると爆発してしまう…、みたいな?(どう?上手く伝わる?)

 この映画は「爆弾」も一つのテーマになっていると思うんだけれど、未来子と果子の間にも、目に見えない爆弾があって、その時々で、色んな爆発を起こしているように見えた。つまり、所謂、未来子と果子の間で起こる「化学反応」って言ったらいいのかな…。 

 未来子と果子の間にある目には見えない爆弾は、ある時は、湿気てて火も付かない感じだったり、かと思えば、あっという間に爆発しちゃったり、と。それまで、感情の起伏があまり無さそうに見えた果子が、未来子と関わることで、色んな表情を見せてくれて、見ていて、とても楽しい。

(ま、傍目に見ている分にはね。)

4.〈見掛け倒し〉 

 そして、最も感情豊かな果子を見られるのが、物語の最後の最後、未来子と果子と「人さらい」、3人が揃うシーン。このシーンが、私は本当に大好き。

 だって、果子の鋭い洞察力も見られるし、果子のとんでもない一面も見られるからだ。

 「人さらい」こと康則は、あまりに見目がいいもんだから、言葉少なに勿体ぶって話すだけで、物凄く謎めいてるんだ。ちょっと自己演出過多な感じもあるけれど。

(ね、そんな人いるでしょ、喋ると幻滅って感じの人。)

そのことを果子は、ちゃんと見抜いていて、ズバッと言い当てた言葉を投げかける、そのシーンがたまらなく好き。謎めいた「人さらい」が、けちょんけちょんに言われてるところが凄く好き。

 一方、けちょんけちょんに言われた側の「人さらい」は「人さらい」で、ズバリ言い当てられて、シュンとしててもいい顔してるんだな、これが!もう、本当にどうしようもないな、見た目がいい奴ってのはさ。結局、どんな顔してても絵になっちゃうんだから。

 果子はそれ程までに洞察力があるのに、自分の存在に対しては、どこか揺らいでるようで…。未来子に対して、遂に、とんでもないことを仕出かしてしまう。でも、そのとんでもない行動の奥底には、なんだか馬鹿みたい真っ直ぐな気持ちが見え隠れする気もして、そんな果子の姿に、なぜだか少し安心してしまう。それまでの果子があまりに大人びてるように見えたからなのかもしれない。

(いや、でも、あの行為自体は絶対ダメ!危険だし。怖いし。ダメ。それに、何と言っても汚いし!ま、飽くまでも、お話だからね。)

 果子は、きっと、いつも自分を探してたのかも、って思うんだ、自分が何者なんだろう、って。だから全力で未来子にぶつかってみたんじゃないのかな?静かな運河からワニがいつか現れるのを期待するように、自分の日常から食み出せる日が来るのを期待してたのかもしれない。だから、未来子の登場で、果子の日常が次第に乱されて、最後には自分の感情がわっと溢れちゃう果子の姿が若々しくて可愛らしかった。それに、果子の気持ちを自然体で受け止める未来子の姿が素敵だった。果子の笑顔が見られて良かったって思えちゃった。本当に。

 未来子と果子の間には、目には見えない爆弾があるみたいに見えたけれど。実は、未来子自身や果子自身も爆弾みたいな人なのかも。二人の間に起こる「化学反応」が楽しかった。

5.〈煙〉

 そして、この映画のもう一つ注目すべき点は、煙草。兎に角、煙草を吸うシーンが多いの。今の、今時、珍しくない?ってくらい多い。どうしてこんなに煙草のシーンが多いの?煙で何かを表してるの?

 ぷかぷかぷかぷか…

 やっぱり、これも人と人との空間を見せるためなのだろうか。つまり、人と人との間に漂う空気感を目に見える形にしてるの?

 数々の煙草を吸うシーンのうちで、見ていて少し目が潤んでしまうような場面があった。それは、未来子と未来子の母サチ*6のシーン。夜、二人して、「死んでるのか生きてるのか」、「死にたいのか生きたいのか」ってことを話してると。突然、未来子が、サチの背中に、自分の背中をドサッと預ける。するとサチが一言、「あつい!」って言い放つ。サチの「あつい!」って言い方が何ともいいんだ…「あ゛つ゛い゛」って感じにも聞こえる言い方で。その一言を聞いた時、ああ生きてるって熱いよなあ!人に触れると何であんなにも熱いんだろう、体温が倍になったみたいに感じるよなあ!…と、私は少し涙してしまった。

 ね。

 生きてるって、時々、凄く、熱く感じない? 

6. 〈静電気〉

 この映画は女性達が中心のような世界だから、ちょっと男性陣は蚊帳の外みたいなところもある。

 例えば、果子の父のタイチ*7なんて、さっき私が書いた地球と月のイメージで言うと、誰かと接触しても…爆発どころか、静電気も起こさない人のように見えた。

 文具一つだけ買いに言った筈が、文具屋の親父さん*8の話し相手になってたり。家族の女性陣から何か言われてもはっきり断らずにやんわり受け入れたり。そんなタイチでも、偶には、ちょっとばかり衝突しようって、試みてはみるんだけど、やっぱり駄目みたい。火花散らすのが凄く下手な人って感じ。

 そういう人だから、爆弾みたいな女性に心惹かれるのかもしれない。 

7.〈煮物〉

 男性の登場人物と言えば、ヒサシ*9のこともちょっと書いておきたい。素直な愛すべきお馬鹿なヒサシ。ヒサシは、フツーに一生懸命なところがいいかな。普通なのも悪くないよね。康則みたいに面倒臭くないし…、いや違う意味で少し面倒臭いかもね。

8.〈ワニ〉

 本当にね、『ふきげんな過去』、とっても不思議な感じに面白くて、私の「想像の範囲」を越えてた。考えてみたら、私は小泉さんや二階堂さん、高良くんの出演映画を見るのは今回が初めてだった、ってことに気が付いた。見に行って良かった。

 すごく楽しかったな。

 でも、「想像の範囲内」って言葉、果子も使ってた言葉だけど。自分の想像なんて高が知れてるし、実は、自分の想像以上のことって意外と起きてる気がする。でも、それになかなか気付けないから悔しいんだ…。気付くには、果子が来る日も来る日もじっと水面下の見えないワニの姿を見ていたように、忍耐強さがなくちゃダメなのかもしれないなぁ…。

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*1:劇中で、カナがコンクリの地面に描く絵。書いたカナ自身が「バレリーナ」って言うから誰が何と言おうとバレリーナの絵。カナを演じるのは、山田望叶さん。

*2:tutu(仏)幾重ものチュールからなる、バレリーナ用のスカートのこと。

*3:演じるのは、二階堂ふみさん

*4:演じるのは、高良健吾さん

*5:演じるのは、小泉今日子さん

*6:演じるのは、梅沢昌代さん

*7:演じるのは、板尾創路さん

*8:演じるのは、きたろうさん

*9:演じるのは、山田裕貴さん