灰色の脳細胞の中までディスコでいっぱい ―『火星の人 / The Martian 』を読んで―

Day 8

 『オデッセイ*1を見た感想をブログに書いて、っと。「よし、できた、更新」

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 そしたら、なんだか原作のことが気になってきた。映画の中で、マット・デイモン演じるマーク・ワトニーは、とんでもなく魅力的な人物だった。あの人物像は、マット・デイモンのおかげなのか。果たして原作でも、マーク・ワトニーって人は、あれ程までに魅力的な人物なんだろうか、と。物凄く気になった。 

Day 9

 本屋さんに立ち寄って見ると、売り場の目立つ一角にアンディ・ウィアー『火星の人*2が置いてあった。

 「あったあった、これこれ!」

 しかし、私は本を手に取ろうと、手を伸ばしたところで…、思わずヒョイと手を引っ込めてしまった。表紙に「上」という表記があることに気が付いたからだった。本を読む「癖」がない自分にとっては、本を最後まで読めずに、途中で挫折してしまうことが何より怖い!上下巻に分かれている、という紙書籍のボリューム感に、ちょっと腰が引けてしまったのだった。暫くの間、本屋さんの一角で、表紙のマット・デイモン演じるマーク・ワトニーの顔を見つめながら、手に取るのか取らないのか、「どうしよう、どうしよう」と…手を伸ばしたり引っ込めたり、手の屈伸運動を続けた(少し怪しかったかも…)。表紙のマーク・ワトニーの瞳を見つめていると、段々と「ひとりぼっちだよ」と訴えかけてくる気がしてきて…、マーク・ワトニーを、家まで無事に持ち帰らねばならない気持ちになってくる!

 「むむっ。なんていい表情の表紙なんだろう!作戦か!この写真を表紙に採用した人は、うーむ…、流石だ。」

 まんまと表紙のパワーにやられて、遂に本に手を伸ばした私。MAVからマーク・ワトニーを回収するヘルメスの気分で、本屋さんの一角からマーク・ワトニー宇宙飛行士を視認!回収したのだった!

 「上下巻纏めて回収!ミッション完了!」

 なぜかダッシュで、レジへ持って行き、購入すると、そのままの急いで、本を抱えて帰宅した。

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)火星の人〔新版〕(下) (ハヤカワ文庫SF)

 こういうのは勢い勢い。鉄は熱いうちに打て、ってよく言うじゃないか。今までの自分の読書経験から言って、今買って、このタイミングで読まなきゃ多分一生読まない。直ぐ間を置かずに読み始めてみることにした。映画を見た後だから、とても読み易い。マット・デイモンの顔を頭に思い浮かべながら、いい調子で読み進めていけそうだ。 

Day 18

 「なんと!読めちゃった!」

 購入して以来、兎に角、毎日持ち歩いた。電車内で本を開いて、熱心な読書家気分に浸ったりなんかして。で以て、音楽を聴ける時は、例のグロリア・ゲイナーを聴きながら*3、火星気分を盛り上げた。

 久々に味わった読破感。単純に嬉しい。

 てな訳で、私のブログでは初の、読書感想文と行きますかっ。

 「よしっ」 

Day 19

 先ずは私が一番気になっていた、マーク・ワトニーは原作でも魅力的な人物なのか、って点。これは文句なしに、原作でも魅力的だった。そして、それを見事に体現したのが、マット・デイモンなんだ、ってことがちゃんと確認できた。原作を読んでみると、これだけのキャラクターを演じるのは、なかなかのプレッシャーだったのでは?と推察してしまう。原作からのワトニーファンは、マット・デイモン版ワトニーを気に入ったのかな?私は映画からだから、〈マーク・ワトニー=マット・デイモン〉の図式が完璧に受け入れられるけれど。

 原作でも、もう冒頭部分から「ワトニーらしさ」、つまり、ワトニーらしいユーモアと創意工夫で溢れていた。

 例えば、映画では出てこなかった筈だけれど、ワトニーが、オリジナリティー溢れる「パイレーツ・ニンジャ」なる新しい単位を生み出したシーン等はなかなか面白かった。「××パイレーツ・ニンジャ必要で~、××パイレーツ・ニンジャ節約して~、××パイレーツ・ニンジャ消費して~」とか言ってるシーンは、生死にかかわる重大な場面なのだけれど、少し笑ってしまう…だって、「パイレーツ・ニンジャ」って! なんとなく海賊と忍者が縦横に整列してるところを思い浮かべてしまう。

 原作で、ワトニー自身も、

「ほら、ぼくはオプティミストだから」

アンディ・ウィアー著、小野田和子訳『火星の人〔新版〕〔下〕』早川書房、2015年、p.63

と認めている通りに、ワトニーは最高に前向きで、最高にぶっ飛んでる。

 そして更に私はディスコミュージックのことも気になっていたのだが、原作でもやっぱり期待通り!に、ワトニーは、ディスコ・ミュージックに苦しんでいた。本当に可笑しい!全くメリッサ・ルイス船長が憎たらしいったらないな、アハハ。ワトニーがルイス船長のディスコミュージックに悩まされている様子があんまり面白いから、「ワトニーがディスコの過剰摂取に苦しむシーン」には蛍光ペンで印を付けたり、本の端っこをドッグイヤーしておくことにした。だって、そうしておけば、ディスコに悩まされるワトニーのシーンをすぐに見つけて読み直せるでしょ?

  そうそう、原作では、ワトニーが、アレス3のクルーの一人であるベス・ヨハンセン電子書籍を読んで余暇を過ごしているシーンもあった。これが偶然にも、私も読んだことのある好きな作品だった。それは、アガサ・クリスティー白昼の悪魔 (クリスティー文庫)*4。ベルギー人の名探偵エルキュール・ポアロが活躍する作品の一つだ。ポアロのシリーズの中でも私が偶々読んでいた『白昼の悪魔』を、ワトニーも火星で読んでいたなんて、とっても嬉しい素敵な偶然!

 そのベス・ヨハンセンに関して、原作では、とんでもなく衝撃的なシーンがあったっけ。それは、ヘルメスがタイヤン・シェンから食料サプライを受け取るという大事なミッションを控えた場面でのことだ。ワトニーを救出する「エルロンド」作戦*5を決行するに当たって、宇宙でのミッション期間が大幅に533日間延長されたアレス3の5人のクルー達は、タイヤン・シェンから食料サプライを受け取る必要があったのだ。しかし、そこは宇宙。何が起こるかわからない。当然失敗の場合も想定している。その失敗に終わった場合どうするのかという具体的内容に、私は衝撃を受けてしまったのだ。ルイス船長の下で行われた話し合いの結果、ミッション失敗の場合、唯一の「生き残り」に選ばれたのはベス・ヨハンセンだった。食料のない中、彼女一人生き残って、一体何を食べようと言うのか?それは、かなりゾッとするもの、…つまりは彼女の同僚たちを…どうにかしてしまおうって訳で…。そんなの食べたらホラーになっちゃう!まさにホラー…。宇宙から無事帰還することの凄まじさを嫌でも思い出させてくれるシーンと言えるかもしれない。しかし、映画を見た人なら既にご存知のように、幸いにも、タイヤン・シェンから食料サプライを受け取るミッションは無事大成功したから、このベス・ヨハンセンだけが生き残る、恐ろしい壮絶なプランは考えなくて済んだ訳で…、良かった良かった、本当に良かった!

 「壮絶」と言ったら、マーク・ワトニーの2度に亘る火星横断旅行も忘れちゃいけない!!(いや、縦断だろうか?)1度目は、物語の前半、NASAとの通信を再開するためのパスファインダーへの旅。2度目は、物語の後半、地球帰還を目指しての(本来はアレス4用に用意されていた)MAVへの旅。こうして原作を読み終えてみると、映画では2度目の旅の描き方は意外とあっさりしていたかもしれないとも思えてくる。だって映画で、ワトニーが「僕はスペース・パイレーツだ!ブロンド髭船長と呼んでくれ!」って言いながら2度目の旅へ出発する準備を整えている頃、まさかNASAとの衛星通信システムが再びシャットダウンしてる状態だなんて、私は露も思いもしなかったからだ。そんな訳で、私は、ワトニーがそこまで悲惨な状態で2度目の旅に出発していただなんて思わなかったものだから、原作を読んでいて吃驚仰天!なんとワトニーは石を並べてモールス信号でNASAにメッセージを一方的に送るだけという生活(一方のNASA衛星写真でそのメッセージを確認するだけ)を、(ソル196にパスファインダーが故障し、通信システムのあるMAVに到着するのがソル505だから、つまり)308ソルもの間、続けることになるのだ。あまりにも心細すぎて、想像しただけでも泣きたいくらい!

おおきな木

 そうして、NASAと連絡も取れない中、いよいよ2度目の旅に出る日が、ソル449。

ワトニーは、旅に出るに当たって、火星滞在用ハブにあった重要機器等は全部ローバーに積み込んで、ハブテントも必要な分を切り取ってしまっていた。そんな風に、あたかも追い剥ぎにでもあったかのような状態の、見るも無残な火星滞在用ハブの姿を見て、ワトニーが、まるで有名な絵本のおおきな木みたいだと表現したシーンがとても印象に残った。とてもぴったりの表現だと思ったからだ。絵本の言い方を真似すると、「それでもハブはしあわせでした」っていう感じのシーン。まあ兎に角、この2度目の旅、映画より原作の方が詳細に綴られているので、その壮絶ぶりと言ったらもう凄かった。通信システムもないから当然誰からもアドバイスも貰えない。砂嵐も襲ってくる。方角を知るのも一苦労。食料だってギリギリ。地面は凸凹、その所為でローバーの横転事故にも見舞われる…等々、ザっと羅列してみても、こんなに災難がいっぱい!!!

ね?これは、地獄ってヤツじゃない…?

 しかも、やっと、やっと、MAVに到着した後は、コンバーチブル状態の宇宙船で宇宙空間にぶっ飛ばされる訳だから!もう怖すぎて、笑うしかないのかも。

 その後はいよいよ、映画だったら、ハラハラドキドキの「ワトニー、アイアンマンになる!の巻」のシーンがやってくる。が、原作では、この部分、かなり違っていた。原作でも同じように、ワトニーが「アイアンマン」プランをルイス船長に提案するのだが、残念ながら即座に却下され、映画とは違った形で、より確実に、ワトニー救出が行われることになる。確かに「アイアンマン」プランはとっても面白いけれど、あまりに一か八か過ぎるかもしれない。でも映画は映画らしく、あの「アイアンマン」が面白くて良かったんじゃないかなと思う。ワトニーの一見大胆で無鉄砲な一面を表すような、いいクライマックスシーンだったと思う、…ん?いや、無鉄砲ってより、あれじゃ鉄砲玉かも!宇宙空間に放たれたワトニー砲!

 原作を読んだ上で、再び映画を思い起こしてみると、もっともっとマット・デイモンに演じてもらって、映像化して欲しかった部分が沢山ある。例えば、例の地中から掘り起こした「危険物質の塊」を利用して入浴するシーンとかも原作にはあるんだけれど、そんなシーンも怖いもの見たさで見てみたいな、なんてね。それこそ『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズみたいに、撮影はしたものの実はカットされている部分が沢山あって、DVD化の際には『オデッセイ』EXTENDED EDITIONが見られるっていう展開だったらいいなあ、ってちょっと期待。

 映画だけじゃなく本も読んでみて良かった、上下巻のボリュームには尻込みしたけど、思い切って手に取って「マーク・ワトニー」を連れて帰って来て良かった。「この面白さじゃ、そりゃ映画化しちゃうよね」っていう納得の原作。

 なんだかもう一回スクリーンで『オデッセイ』を見たくなってきた、勿論フライドポテト片手にね。🍟

*1:2015年、原題はThe Martian

*2:原題は、The Martian

*3:映画『オデッセイ』のエンディングでかかる曲が、グロリア・ゲイナーのI WILL SURVIVE

*4:原題は、Evil under the Sun

*5:J.R.R.トールキン指輪物語に因んだ作戦名。