フランス語で「ワーワー」 ―『パリ3区の遺産相続人 / My Old Lady 』を見て―

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 映画を見に行く切っ掛けなんて、人其々多種多様だとは思うが、今回の私は少しばかり変わった理由で映画館へと足を運ぶことになった。

 なんと、それは、ツイッターの「おすすめユーザー」欄。

 或る時、何気なく「おすすめユーザー」欄に目を遣ると、一番最初に「パリ3区の遺産相続人」なるアカウントが表示されていることに気が付いたことが事の始まりだった。「何だか変わったユーザーネームを付ける人もいるもんだな」なんてことを思いながら、アカウントの自己紹介欄を読んでみると、映画の公式アカウントであることがすぐに分かった。

 「何だ、新手の広告か」と思いながらも、同時に「これも何かの縁かもしれない」なんて思った私は、まんまと巧い広告に誘導されて、『パリ3区の遺産相続人*1をわざわざ映画館まで見に行ったのだった。

 それで、この映画を見た感想は、と言うと、結果は二重丸。とても面白かったのだった。ツイッターの広告も侮れない。なかなか、どうして、いい映画を薦めてくれるじゃないか!

 さて、では、この映画の中身について、話を移すことにしよう。

 主要な登場人物は3人だ

  • マティアス*2。父親の遺産としてパリの物件を相続したマティアスは、かなりの金欠で、彼のスマホは通話通信のできない只のデジカメと化している程。
  • マティルド*3。マティアスが相続した家に長年暮らしている老婦人マティルド。現役の英語教師で、 マティアスががっかりする程に、とても健康だ。
  • クロエ*4。マティルドの娘で、マティルドと同居中。母と同じく英語教師であり、そして、なんと不倫の真っ只中!

 物語が進むに従い、 マティアスの父親とマティルドとの関係が次第に明らかになり…、そしてストーリーは暗く悲しい方向へ…。しかし終盤には、3人其々に希望の光が見えてきて…。

 自分の意志を貫き通した所為で、周りを不幸の中に落とし込んでいることに気が付かなかったり。自分の犯した失敗を全て人の所為にしたくなったり。人生は辛い…、本当に辛い…。けれど、生きてさえいれば、必ず、いいことだってある。愛と憎しみは、正に、背中合わせ 。そんなことをまざまざと感じさせられる作品だった。そして見終えた後には、細やかだけれど確かな幸福感を感じられる。泣けて…笑えて…、そんな映画だった。

 また、この映画の舞台となる、パリの邸宅の佇まいが、何とも言えず良い雰囲気なのだ。特に、マギー・スミス演じるマティルドが邸宅内の"salon d'hiver"(「冬の間(ま)」)で庭を背景にして寛いでいるシーン等は、現代のパリを舞台にしたストーリーであるにも拘わらず、まるで古にタイムスリップしたかのようだった。マギー・スミス自身が醸し出す厳かさも相まってそう感じさせるのだろうか。

 物語は終盤に向かい、真実が明らかになるにつれ、暗雲が立ち込めてくるのだが、そんな只中でも、この映画には「笑い」が常に同居していた。悲しみの中にあっても、不思議なことに、逞しさ、明るさ、軽やかさを感じる映画なのだ。

 中でも、私が特に気になったのは「ワーワー」Francois Royフランソワ・ロワ*5という人物の名前を マティアスが茶化して「ワーワー」と何度も呼ぶ場面が傑作だったからだ。フランス語では"-ois"でも"-oy"でも、同じように[wa]と発音するから、「ワーワー」。そんなフランス語発音の面白さを、マティアスが皮肉めかして言うのだが、それが本当に可笑しい。

 私も映画館からの帰り道、マティアスに倣って、何か面白い「ワーワー」はないものか…と、考えてみたのだが、精々思いついたのはこの程度だった。

"Je vois le cinema trois fois."

「私はこの映画を3回見ます。」

えっと…、つまりは、vois, trois, foisで「ワーワーワー」って訳。ちょっと無理矢理かもしれない?うん、やっぱり厳密に言うと少し発音の違う「ワー」が混じってるかも。もっと面白い「ワーワー」が思い浮かぶといいのだけれど。

 また、主要な登場人物3人以外でも注目すべき面白い登場人物がいたっけ。その人物とは、「パリの動脈に住む不動産王*6」。彼の自宅は、文字通り「パリの動脈」上にあり、家が個性的なら、インテリアだって個性的!面白い小物の数々に思わず目を奪われてしまった。私の目には、キティちゃんらしきものもあるように見えたな。

 そして、マティアスの心境の変化を描いた場面の内で、最も私が気に入ったシーンと言えば、終盤、セーヌの畔で、女性とオペラの掛け合いをするところだ。映画の序盤でも、その女性は登場するのだが、その時は、女性は当然一人きりでアリアを歌っている。マティアスだって、別にそれに参加しようなんて気は露も起こしたりはしない。しかし、それが終盤になると、マティアスは自ら進んで女性の歌に参加していって、歌で掛け合いをしてしまうのだ。それだけ、マティアスの人生に光が見えてきたと言うか、少し浮足立っているような…、そんな感じを表しているのだろう。そのマティアスの様子が、とても微笑ましく素敵だった。でも、なんとも残念なことに、私にはそれが何のオペラなのか、皆目わからない。色々と検索して見たけれど、未だ解らず仕舞いだ。身近にオペラに詳しい人間がいても、自分が歌ってみる以外、説明の仕様がないのが辛いところだ。歌の説明って難しい!

 映画を見終わって、主演のマティアスを演じていた俳優さんはとても魅力的だったなあ、と思いながら、映画館を後にした私。「あの笑顔、何かの映画で絶対見たことがある筈だけど。でも一体、何の映画だったっけ?うーん?」と、ケヴィン・クラインフィルモグラフィーを調べてみたところ、あったあった、これこれ、私の大好きな映画。コール・ポーターの人生を描いた『五線譜のラブレター*7』。『パリ3区の遺産相続人』もとても良かったけれど、こちらも、とても好きな映画だ。(宜しければ、是非。)

*1:2014年、原題はMy Old Lady

*2:演じるのは、ケヴィン・クライン

*3:演じるのは、マギー・スミス

*4:演じるのは、クリスティン・スコット・トーマス

*5:演じるのは、ステファン・フレイス

*6:演じるのは、ドミニク・ピノ

*7:2004年、原題はDe-Lovely