- comme l'ambre -

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異で珍妙より、普通が一番でげす。 ―幸田露伴『珍饌会』―

 まだ11月の下旬だというのに、大分、気が早いのだが、今回は、お正月の読書にピッタリな、おススメの本を紹介したいと思う。その本とは、幸田露伴『珍饌*1という短編小説だ。この短編は、「食」に纏わる話を面白可笑しく描いているため、きっとお正月料理に飽きた頃に、これを読んだならば、たちまち胃も頭も刺激されること請け合いである。

 それでは、簡単に、その内容を少しだけ書いていくことにしよう。

 

 話は、元日。新聞記者の猪美庵*2が、新年の挨拶に、食通の鍾斎*3の元を訪れるところから始まる。

 新年の挨拶周りも既に4軒目の猪美庵は、もうすっかり酔っぱらった状態で、直ぐにでも鍾斎宅を辞去しようとしていた。しかしながら、鍾斎は、猪美庵をそう易々とは帰してくれない。なぜなら、鍾斎は、或る企みに猪美庵を巻き込もうとしていたからだった。

 事の起こりは年末。鍾斎が、巷で評判の『食心坊*4なる料理本を御歳暮に貰ったことに遡る。暇を持て余していた鍾斎が、仕方なく『食心坊』を読んでみると、それは世間での大評判とは違って、まるで白湯でも飲んでいるかのように面白味も味気もなく、気晴らしにもならない代物だった。そこで、鍾斎『食心坊』に対抗して、ひとつ正月の遊びに、本当の食通たちを集め、本当にツウで本当にオツな、珍しい料理の持寄り会、つまり「珍饌会」を開催しようと思い付く。この「珍饌会」を催すにあたっては、発起人の一人として猪美庵にも加わって貰った上、更に猪美庵には、招待状の受取人が決して断れないような文面を書いて貰おうというのが、鍾斎の考えであった。

 鍾斎の企みを一通り聞いた猪美庵は、「それはいい。面白い考えだ。流石は鍾斎大先生だ。」と諸手を挙げて大賛成。猪美庵は早速、その場で招待状を書き始めるのだが、内心では、「正月早々から高慢なジジイの面倒な思い付きに巻き込まれてしまった。」とほとほとウンザリしていた。

 一方、鍾斎猪美庵連名による「珍饌会」招待状を受け取ったのは、蝦夷通の無敵、洋行帰りの辺見、画家の天愚*5、そして我満*6の計4名の食通たちだった。「全く珍しくない物、若しくは食べられない物を持って来た者、また食べられる筈の物を食べない者には、罰として水10種類を1合ずつ計一升を飲ます。会を欠席する者は人でなし。」との触書に、「一体何を食わせられるのやら。」と戦々恐々の彼らだったが、「鍾斎にどうにか一泡吹かせてやりたい」と珍しい食材集めに奮闘するのだった。

 こうして「珍饌会」開催当日、参加者6名は各々、選りすぐりの世にも恐ろしい食べ物、ゲテモノ類(?)を持参する。

 果たして彼らは「食通」の名に恥じない食べっぷりを見せることはできるのか…。

「食品は何でも美味いようじゃ論ずるに足らん」

「酒は酸く無いようじゃ凡品でございますナ」

「もうこうなりゃ死物狂いで食いやす」

等、凡そ普通の食事会で聞かないような言葉ばかりが飛び交う、大の大人たちによる食事会とは名ばかりの我慢大会が始まる。

  

 と、まあ、このように、なんとも命知らずの食通家たちの可笑しな可笑しな刺激的な話、これが短編小説『珍饌会』のあらましである。各々が「珍饌会」当日まで食材探しに奔走する様子、「珍饌会」当日の参加者たちの我慢比べの様子等々、いずれもいちいち可笑しく、笑わずには読めない短編となっている。

 中でも、我満の妻が、夫の「珍饌会」出席を止めさせようと如何に鍾斎が変人であるかを力説し、どうしても行くなら生命保険に加入しろと促す場面や、洋行帰りの辺見がパリ仕込みの蝸牛を巡って泣いたり喚いたりする場面は、特におススメの面白いシーンだ。そして、作中にチラッと露伴本人が登場する点も見逃せないポイントだ。

 この可笑しな短編を読んでいると、「食通」なんて軽々しく言うもんじゃない、口は災いの元。普通に食べられる物が一番だ。平凡も悪くないな、と痛感してしまう。

 新年に読書で「初笑い」をしたくなったら、是非この短編を手に取ってみて欲しい。幸田露伴『珍饌会』は、『露伴全集〈第13巻〉詩 (1978年)』、『美食 (書物の王国)』等に収められている。

 宜しければ、ご一読を。。。(*∂ω∂*`)

 

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*1:ちんせんかい

*2:ちょびあん

*3:ちょこさい

*4:くいしんぼう

*5:てんぐ

*6:がまん